月猫手帳

月と猫と雨を愛する。日々のことや趣味のことあれこれ。

1.生まれ

生まれは千葉県の浦安市

今でこそ浦安といえば、ディズニーランド!となりますが、私が生まれた昭和の後半の浦安は、まだ浦安町という市にもなっていないディズニーランドもない、ただの漁師町でした。

 

築地で鮪屋の仲卸業を営む家に私は長女として生まれたのです。

長女と言っても上に7歳離れた兄がいるので、この家には久しぶりの赤ちゃん、さらに女の子という事で皆に愛されて誕生しました。

 

さて、ここで家族の紹介ですが

築地で1代でお店を築き上げた厳格な祖父。

身体が弱いが気の強い祖母。

この家に婿養子として入ってきた父。

箱入り娘で育った母。

あまり話さない無口な兄。

築地のお店で働いている住み込みの20代ぐらいのお兄さん。

住み込みのお手伝いのお姉さん。

そして、そんな大家族の中に生まれた私でした。

 

家族は私を本当に可愛がり、皆で大切に大切に育て、その頃の我が家はお金がたくさんあったので、私にはかけるだけお金をかけて育てました。

きっと7年ぶりに生まれた子だったので可愛かったのでしょうね。

名前も豪華な名前を祖父が7日も考えに考えてくれてつけてもらえました。

とても珍しい名前で、読みもあて字のような読みなので、未だに初めて会った方には「何て読むの?」と必ず聞かれてしまう困った名前なのですが、今ではいい名前だなぁなんて思っています。

子供の頃は、その当時は2文字の名前(みきちゃんやみほちゃん)が流行っていていたので、私の名前は何て古めかしい名前なんだろうと思って嫌でした。

父は私に麻里という名前をつけたかったと後から聞いて、麻里の方が良かったよと落ち込んだ日々もありました。

 

先程、浦安は漁師町と書きましたが、家の目の前には川が流れていて、そこには午後になるとたくさんの漁師船が停まっていました。

漁師船と言っても今のように立派な船ではなく木造の小さな船がいくつもいくつも停めてあり、早朝になると近所の漁師さん達がそれぞれ自分の船に乗り漁に行きました。

その頃の浦安では魚はもちろん、海苔やアサリが豊富に獲れ、漁から戻ると近所にある貝むき場で男たちが獲ってきた貝を女たちがむいたり、海苔を広げて外に干したりしていました。

とにかく潮臭い町という、すぐ橋を渡ればそこが東京なのに田舎っぽい町でした。

 

さて、家族の祝福を受けて生まれてきた私がどう育つのでしょうか。

 

はじめに

そろそろ人生の半分以上生きてしまいました。

いつか何かあった時のために、少し自分の過去を書いてみようと思います。

 

お付き合い下さいませ。 

さてさて、私はどんな人生だったのでしょうか。
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